温熱療法

高周波ハイパーサーミアシステム・アスクーフ8の導入について

大田 政廣 医療法人篠田好生会天童温泉篠田病院 病院長

はじめに

 私が高周波式ハイパーサーミア治療に関心をもったのは昨年(2018年)4月の日本外科学会において、群馬大学未来先端研究機構ビッグデータ統合解析センターの浅尾高行先生のセミナーに参加したのがきっかけでした。手術不能進行がんや再発がんの治療は集学的治療の進歩により飛躍的に向上してきておりますが、それでもなお、治癒困難な状況にいる患者さんや、高齢や合併症のため標準治療さえ行えない患者さんも少なくありません。多くは緩和療法の適応とされていますが、化学療法の変更や免疫療法・代替療法の追加など治療法を再構築する試みもあります。それらのなかには腫瘍の縮小や延命効果の見られる症例もありますが未だの感が強く、画期的な新薬の開発や新しい治療法の出現が待たれているのが現状と思います。
 同セミナーを拝聴して温熱療法は、手術前後に抗がん剤や放射線と併用することで治療効果を上げることができ、手術不能例や再発例に対してもこれらとの併用で病巣の縮小や延命効果が期待できるものと思われました。また、高齢や合併症のために標準治療の困難な症例にも温熱療法を併用することで低容量の抗がん剤や放射線でも効果が期待でき、治療の幅が広がるものと判断し、装置導入の検討を始めました。
 まず、温熱療法を取り入れている6医院を訪問し、温熱療法の実際とその効果について教えていただき、そのうちの4医院では同行の当院職員が実体験をさせていただきました。また、筑波大学の放射線腫瘍学教室では桜井教授のご高配により豊富な臨床と基礎研究に基づいた温熱療法の有用性などについてレクチャーしていただき、標準治療への上乗せ効果に期待が持てるようになりました。

工場見学・山本五郎氏のこだわり

 アスクープ8は、ハイパーサーミアシステムの開発や日本ハイパーサーミア学会の立ち上げなどで多大な功績のある山本五郎氏の要望を組み入れて、いくつかの改良を加えた装置として開発されたものであります。装置は思ったよりも堅固なつくりでしたが、ピンクと白を基調としたデザインは患者さんの不安を和らげてくれる印象がありました(写真1)。患者さんの体力を考慮してアップダウン式の施術台を採用したことで(写真2)、筋力の衰えた患者さんや車いすの患者さんも安全で楽に治療が受けられるようになっており、また、側臥位での治療に際しても、オペレーターの負担となっていた嵩上げなどの作業がボタン操作だけで済むようになっておりました。このように患者さんの安全確保とオペレーターの負担軽減のための工夫と改良がいくつか見られましたが、開発にあたって山本氏が最もこだわりを持って要望され、メーカーのエンジニアが腐心した点は、電磁波の漏れの低減と冷却用の循環水の水量の確保、冷却パッドと患者さんとの密着度の改善であったそうです。山本氏は、それらが効率的な加温をもたらすとともに、患者さんと術者の被曝を最小減にとどめ、また、電極の刺激による痛みや熱さなど有害事象の軽減に繋がるものとしております。このために、ガントリー内部のシールド加工、冷却効率化のためのポンプとタンクの改良、冷却パッドにシリコン膜(写真3)を使うなどの改良をほどこしております。清潔で整然とした工場内で真剣に作業を行っている光景を見ながら、1つ1つを確認させていただいたのですが、なるほどと納得することができました。
 当院が県内メーカーのアスクーフ8の導入を決断したのは昨年の12月に入ってからのことでした。性能に確信を持てたことはもちろんですが、地元山形で開発され、真面目で堅実な山形県人の気質が具現化されたとも思える機体に愛着を覚えたこと、また、メーカーが地元のため保守メンテナンスに迅速に対応していただけると判断したことが機種選定の決定要因でした。東京オリンピックと米中貿易摩擦のために鉄鋼材の品不足が続き、床の補強工事が思いのほか遅れたために装置の設置が2月半ばになりましたが、2月末にはアスクーフ8を用いたがん温熱治療を開始することができました。

温熱療法のしくみ

 がん組織が43℃以上の高温で死滅することは、多くの臨床および基礎研究で確認されており、このことはがんの組織型には関係なくほとんどの固形腫瘍に共通した特性と考えられております。正常組織は加温されると恒常性を保とうとして血管を拡張させ血流を増やすことで冷却され、温度調整が行われます。
一方、がん組織の血管は俄か造りの新生血管であるため加温されても正常組織のように反応せず、冷却機能が働かないため容易に43℃まで加温されます。この特性を利用したのが高周波式ハイパーサーミアシステムによる温熱療法であります。患部を体表から電極ではさみ(写真4)、周波数8MHzのラジオ波で加熱することでがんを死滅させるが、正常組織を障害することはなく、重篤な副作用もないため体に優しい治療法といえます。また、がん病巣は加温されると細胞内への抗がん剤の取り込みが増加するとともに、その感受性が高まることが多くの基礎実験で明らかになっており、抗がん剤との併用は飛躍的に治療効果を高めることができます。一方、抗がん剤の増感効果は40℃でも確認されており(図1・図2)、42℃以下のマイルドハイパーサーミアでも十分に効果が期待できるとの報告があります。温熱療法を受ける患者さんは必ずしも全身状態が良好とは言えず、また高齢である方もいるため、1回目はマイルドから始め、患者さんの状態を見ながら徐々に温度を上げていくことが勧められております。これでも効果は十分にあり、無理をせず慣らしながらの治療で、中断することのない継続した治療が行われる配慮が必要と思われます。
 温熱療法はまた、がんの放射線感受性をも増強し(図3)、その併用による相乗効果は古くから知られています。しかし、放射線は直接的にがんを死滅させるものであり、正常組織も障害されるため治療には限界があり、また、耐用線量を超えての照射はできません。一方、温熱療法は正常組織への障害はなく、何回でも治療が可能であり、また、低酸素・低栄養のため放射線の効きづらいがんほど温熱療法が効果的とされております。さらに、細胞周期において放射線感受性の低いS期でも、温熱療法が効果的であるなど放射線との併用は補完的効果も期待できます。
 温熱療法ではヒートショックプロテイン(HSP)が増加し、その活性も亢進することが知られております。HSPはストレス防御作用があり、手術や抗がん剤・放射線などの侵襲的治療からの障害を防御するとともに、障害からの回復を促進する効果があります。
 また、HSPはTリンパ球やNK細胞を増加させ、その活性を高めるなど免疫増強作用もあり、がん患者さんの自然治癒力を高めると言われております。特に、抗原提示細胞である樹状細胞は40℃程度のマイルド加温でも活性化され、また、壊死に陥ったがん細胞から放出されるHSP複合体は樹状細胞の抗原提示を促進することが知られており、このように、抗腫瘍免疫を誘導賦活することもHSPの重要な役割と考えられております。

おわりに

 温熱療法は副作用の少ない身体に優しい治療法であり、化学療法や放射線との併用により抗腫瘍効果が格段と増強されます。また、温熱療法で増加したヒートショックプロテインには患者さんのストレスを防御し自然治癒力を高める免疫増強作用があるとされております。
 仁風慈雨。これは初代理事長・篠田甚吉から伝わる当院の精神であり、温熱療法は正にこの慈雨にあたるものと考えております。慈しみ、癒され、そして芽吹く。アスクープ8導入により、1人でも多くの患者さんが慈雨に浴することができるのを心より願うものであります。
 

参考文献
日本ハイパーサーミア学会編『ハイパーサーミア・癌温熱療法ガイドブック』毎日健康サロン、2008

 

写真1


写真2


写真3



写真4


図1


図2


図3