各論として連載6回から13回までは、ボディ・マインド・スピリット三位一体の生命観のうち、ボディのレジリエンスを高める方法について、腸内環境の観点から詳しく述べてきました。総論でもお断りしましたが、「三位一体」というくらいですから本来これらを厳密に分けることはできません。実際に腸内環境編でも、たとえば腸内細菌叢の是正により生体バリア機能が強化され外部からの異物侵入に対して抵抗性を高める一方で、それは同時に視床下部︱下垂体︱副腎(HPA)軸の応答を是正することを介して抗ストレス作用をもたらすこと、つまりボディ及びマインドのレジリエンスを高めるという事例をお示ししました。
今回からお話しする食事と栄養についても、同様に心身の両面に対してレジリエンスを高めますが、これは食事や栄養素といった物質的な介入によって心身のレジリエンスを高めるアプローチ、ともいえるでしょう。レジリエンスを高める食事と栄養のトップバッターとして、今回は「脂質(油)」を取り挙げます。
脂質の重要性
最近はテレビ番組などでも話題にされるようになってきたのでご存知の方も増えてきましたが、油(脂質)には「摂ってはいけない油」「控えめにしたい油」「意識して摂りたい油」があります。
まず、左図は細胞膜の模式図ですが、このように細胞膜は脂質が重なり合った二重構造をしています。細胞膜には、電解質(イオン)の流入出を調整しているイオンチャンネルというゲートがあり、細胞の内側と外側では、それぞれの電解質で分布が異なっています。一般的に、細胞の外側にはプラスイオンが多く存在しており、細胞の内側では少なくなっています。こうした電解質の分布差により、活動していない静止状態の細胞では、細胞内の電位は細胞外に比べてマイナスに偏っています。
私たちが何らかの活動をする際、1番はじめに起こる生理的な現象が、細胞の外から細胞の中へプラスイオンを取り込むことです。これによって細胞内外の濃度差が逆転することで「活動電位」という電気信号が発生し、これがさらに次々に神経を伝わって筋肉まで届くことによって、私たちは体を動かしたり言葉を発したりしているわけです。このように考えた場合、細胞の膜が軟らかいほど電解質の流入出がスムーズに行えることになるので、細胞膜が硬いか軟らかいかの違いは重要です。先ほど述べた、摂ってはいけない油、控えめにしたい油、意識して摂りたい油の違いは、まさにこの細胞膜を硬くしてしまうか、軟らかく保てるか、という部分にあります。
脂質は、動物由来の油に多く含まれ常温で固体の飽和脂肪酸と、植物由来の油に多く含まれ常温で液体の不飽和脂肪酸に分けられます。不飽和脂肪酸は、化学構造の違いからさらにω3系不飽和脂肪酸(以下ω3)、ω6系不飽和脂肪酸(以下ω6)、ω9系不飽和脂肪酸(以下ω9)に分けられます。このいずれの脂質が細胞膜に多く存在するか。実はこれが細胞膜の性質を決める上で重要な要素となります。
摂ってはいけない油
植物由来であるがゆえに、身体に良いと思ってマーガリンを選んでいるという方がいらっしゃいますが、これは間違いです。前述したように、植物由来の油はその多くが常温では液体ですが、これを硬化するために水素やその他の化合物を添加して作られるのがマーガリンで、トランス脂肪酸の代表ともいえる製品です。トランス脂肪酸は、細胞膜を硬くしてしまうだけでなく、LDLコレステロールを増やしHDLコレステロールを減らしてしまうことから、心筋梗塞や狭心症などの冠動脈疾患の発症や、認知機能の低下に関わっていることが指摘されています。
そのため、現在ではトランス脂肪酸を禁止・規制する国が多くなっています。最近ではトランス脂肪酸不使用をうたっているマーガリンも増えているようですが、逆にそうした記載がなければ、その製品は避けたほうが良いでしょう。そのほかトランス脂肪酸を含む代表的な加工食品としては、ケーキなどに使うショートニングや、喫茶店などでよく見かける、コーヒーなどに加える小型のクリーム(コーヒーフレッシュ)などです。コーヒーフレッシュは、食品分類上の区分は「植物性油脂食品」や「植物油脂クリーミング食品」ですが、この表記にはご注意ください。つまり、トランス脂肪酸を含む加工食品の原材料には必ずしもマーガリンやショートング、といった表記がされているわけではなく、このように「植物性油脂」や「加工油脂」などと記載されていることがあるのです。スーパーなどで買い物をする際に、手に取った商品にこれらの表記をみかけたら、そっと棚に戻したほうが無難かもしれません。
控えめにしたい油
続いて、控えめにしたい油をみていきます。ω6の代謝産物であるアラキドン酸は、肉・卵・乳製品などに多く含まれますが、これらは細胞の膜を硬くしてしまう傾向があります。注意したいのは、たとえばサラダのドレッシングに使われる油や、加熱調理に使う油の多くがω6だということです。べに花油やヒマワリ油、ゴマ油などがこれに該当します。ですので、加熱調理には不飽和脂肪酸のなかでは比較的熱に強いオリーブオイル(ω9)、あるいは不飽和脂肪酸の仲間からは外れますが、熱に非常に強いココナッツオイルがお薦めです。
ここで誤解のないように申し上げておきますと、ω6も必須不飽和脂肪酸であり、からだにとって必要不可欠な油であるということです。また先に挙げたω6の油は、脂溶性抗酸化物質の代表ともいえるビタミンEを豊富に含むなどのメリットもあります。問題なのはこれらの過剰摂取であり、ω3とω6の摂取比率が重要になります。現代の欧米化した食生活では、重量%で計算した際に、ω3が1に対してω6が10以上になってしまっている場合が多いのです。人間が狩猟生活を行っていた時代にはω3とω6の比は約1:1であり、脳にとってはそれくらいが理想であるという研究がありますが、そこまでもっていくのはなかなか難しいのが現状です。私は、患者さんにはなるべく、ω3が1に対してω6が4以下になるようにしましょうと指導しています。
意識して摂りたい油
意識して摂りたい油は、ω3です。ω3を代表する代謝産物として、EPA(エイコサペンタエン酸)、DHA(ドコサヘキサエン酸)が挙げられます。連載第4回で、過剰なストレスは海馬の神経新生をストップさせてしまうと述べましたが、EPAやDHAには海馬の神経新生を促進する働きがあることがわかっています。
EPA・DHAは魚油、特にサンマ・イワシ・ブリ・サバなどの青魚に多く含まれます。なるべく魚を積極的に摂ることが望ましく、少なくとも週に3食は魚料理を食べたいところです。しかし、魚が苦手な方や、嫌いではないけれども食べる機会があまりないという方もいらっしゃるかと思います。そんな方にお薦めなのが、α—リノレン酸を豊富に含む亜麻仁(アマニ)油、荏胡麻(エゴマ)油、しそ油などです。α—リノレン酸は生体内で代謝されてEPA・DHAになります。ここで気をつけていただきたいのは、α—リノレン酸はとても酸化しやすく熱に弱いため、保管方法や調理方法に工夫が必要である点です。なるべく冷蔵庫で保管するようにしたうえで、非加熱調理、たとえばサラダのドレッシングとして利用したり、食べ物が冷めてから使うようにしたりすると良いでしょう。
ω3系脂肪酸には多くの論文が存在しますので、次回それらの一部をご紹介したいと思います。