レジリエンスを高めるヒートショックプロテインとは
私たちは、さまざまな外敵や侵襲から身を守るため複数の生体防御機能を備えています。たとえば、細菌やウイルスの侵入に対して皮膚は物理的な障壁となり、外部からこれらの病原体が体内に侵入するのを防ぎますし、仮に侵入を許したとしても免疫系が働くことで疾病の発症や重症化を抑制しています。また、怪我をして出血すれば血液凝固系が活性化し止血されるほか、傷口の周囲の血管は拡張し、白血球やその他の免疫細胞が損傷部位に集まり感染を防ぎ、組織の修復を促進します。
そして、生体にはストレスに対する防衛機構も備わっています。その分子生物学的基盤となっているのが、「ヒートショックプロテイン(Heat Shock Protein:HSP)」と呼ばれるタンパク質で、ひと言でいうと「傷ついたタンパク質を修復するタンパク質」です。
私たちは約60兆個の細胞から成りたっていますが、その細胞の働きの中心を担っているのが、10万種以上あるといわれているタンパク質です。筋肉、皮膚、血管、神経、髪の毛、爪といった身体構成要素のほか、酵素や神経伝達物質など、生命活動の維持に必要なさまざまな物質も含め、私たちの体は、ほとんどすべてタンパク質でできています。HSPは、さまざまなストレス(ストレッサー)によって誘導されることから、ストレスタンパク質とも呼ばれます。
連載第1回で述べたように、外部から個人に掛かってくる負荷のことをストレッサーといいますが、ストレッサーには「物理的ストレッサー」「化学的ストレッサー」「生物学的ストレッサー」「精神的ストレッサー」「社会的ストレッサー」など、さまざまな種類があります。HSPは、これらすべてのストレッサーによって増加することがわかっていますが、なかでも特に「物理的ストレッサー」に分類される〝熱ストレス〟によって増加するため、ヒート(熱)ショックプロテインと呼ばれています。HSPは、大腸菌から人間に至るほとんど全ての生物において認められることが知られています。
病原菌や野菜にもみられるHSP
興味深いことに、食中毒の原因となる病原性大腸菌O157が混入したハンバーガーを夏場の車中に入れたままで放置してしまうと、その間に熱ストレスでHSPが増加することで、その後通常の致死温度で加熱してもO157は死滅せず、食中毒の危険性を高める可能性があります。O157に限らず、さまざまな病原性細菌を加熱処理で死滅させる場合も、不十分な加熱をしてしまうとHSPが誘導され、その後に致死温度の加熱を施しても死滅しにくくなってしまいます。
また、少し前に野菜の「50度洗い」がTVなどで話題を呼びました。野菜を50℃のお湯で数十秒から数分洗うと、その後野菜がしゃきっとして甘味が増し、鮮度が保たれるというものですが、実はここにもHSPが関与していることがわかっています。たとえば、レタスに対して50℃のお湯で90秒の熱ストレスを与えるとHSPが誘導されますが、これによって切り口が茶色に変色する現象、すなわち酸化が抑えられ長持ちするのです。またトマトでも、室温に放置したトマトは約7日で完熟しますが、42℃で24時間加温したトマトは完熟に15日ほどかかるそうです。即ち、熱ストレスを与えると、完熟までの期間が1週間ほど長くなり、長持ちするというわけです。
鮮度が保たれるということは、人間にたとえれば、若々しくあるということでしょうし、完熟までの時間が長いということは、老化が抑止され長寿になる可能性があると言えるかも知れません。このようにHSPは、ほとんどすべての生物に認められており、それらをさまざまなストレスから守っている大事なタンパク質なのです。
さまざまな疾病にも関わるHSP
このHSPが、私たちの体においても傷ついたタンパク質を修復してくれるわけですが、すべての傷ついたタンパク質を修復できるわけではありません。あまりにもひどく傷ついてしまった場合、HSPは傷ついたタンパク質を修復しきれませんが、修復されないままのタンパク質が残った細胞は、さまざまな病気の原因になってしまうことがあります。こうした場合、HSPは修復しきれない細胞を「アポトーシス」という自然な細胞死へと導くのです。
このように、HSPはタンパク質の一生を介添えするような働きを持っていますが、実はそれだけではありません。HSPは、それ自体が直接酵素やさまざまな因子に作用する働きを持っています。少し専門的な話になりますが、HSPには、炎症反応や細胞増殖、アポトーシス、血管新生などの数多くの生理現象に関与しているNF-κBという転写因子の活性を抑制する働きがあります。ですので、このNF-κBが活性化することで起こってくるさまざまな病気、具体的には気管支喘息や関節炎、慢性関節リウマチ、クローン病、敗血症、悪性腫瘍(がん)などに対してHSPの効果が期待できます。がんに対する温泉や入浴の効果については改めて取り上げる予定です。
さて、HSPはストレスが加わったときに誘導されるタンパク質ですので、もともと抗ストレス作用を持っている物質と捉えることができます。実際に、事前にHSPを増やしておくことで、ストレスによるさまざまな悪影響を予防できることがわかっています。具体的には、ストレスによる潰瘍や腎不全、放射線障害、敗血症性ショック、ボツリヌス毒素などのほか、筋肉痛の予防にも有効であることがわかっています。
では、具体的にどうやったらHSPを増やすことができるのでしょうか。さまざまなストレスによってHSPは増加しますが、ストレスは強すぎれば死に至ることもあります。どのようなストレスをどの程度加えるか、その程度の見極めが難しいわけですが、すでに多くの研究から、適度な熱ストレスを加えることが、容易で安全なストレス負荷の方法であることがわかっています。
なかでも、以下にご紹介する「HSP入浴法」は、自宅でも簡単に取り組むことができるので特にお薦めです。まだ具体的な予防効果などについては実証されていませんが、さまざまな疾病の予防策の一つとして、ぜひ「HSP入浴法」を実践してみてください。
HSP入浴法
準備:
・HSP入浴法を実践する前に、自分の平熱を知る意味で体温を何回か測定します。
・入浴中も体温が測れるほうが望ましいので、舌下体温計を用意するとベターです。
・入浴前には十分量の水分を補給します。
実際の手順:
1.42℃のお湯ならば10分間、41℃なら15分、40℃なら20分ほど、肩までお湯につかります。お湯の温度が下がらないよう、お風呂のふたで首まで覆うようにするとよいでしょう。この際、舌下温を38.5℃まであげるのが理想的です。
2.上記のように入浴したあとは、タオルケットやバスローブを利用し20分程度の保温時間を設けます。夏場であれば、ゆっくり体や頭を洗いながら過ごしてもよいでしょう。大事なことはこの間に体温がなるべく下がらないようにすることです。冷たい飲み物は控えましょう。
3.保温したあとはなるべく自然に体温を戻しますが、夏場の暑い時期などは冷たいシャワーを浴びてもかまいません。お風呂から上がったあとにも、水分補給をしっかりと行いましょう。
ちなみにHSPの最大効果がでるのは、入浴後2〜3日後といわれており、週2〜3回のHSP入浴をおこなうことが望ましいとされます。継続することで、冷え性が改善したりストレス耐性が強化されたりしますが、長く続けていくと耐性ができ、効果が薄らいだように感じることがあります。そのような場合には、HSP入浴を1〜2週休めば、また効果を感じられるようになります。
以上、HSP入浴法をご紹介しましたが、ご高齢の方、心疾患のある方、高血圧の方、そのほか何らかの持病がある方は、熱いお風呂に入ることで体に負荷がかかり過ぎることがあります。ご年配の方は、低めの温度からはじめて、少しずつ体を慣らすようにしましょう。無理に42℃にまでもっていくこともありません。また、持病がある方は主治医に相談の上、問題がないと判断された場合に限り行うようにしてください。