連載 がんと心の関係〜メンタルケアで違いをつくる〜

第3回 カール・サイモントン博士の出発点

 
土橋美子
医療法人 慈恵会土橋病院 院長

カール・サイモントン先生について

 私がサイモントン療法と出会ったのは、2007年の春になります。伊豆のサイモントン療法の6日間のセミナーに初めて参加したときです。セミナーに行くことを心配した精神科医の夫からは、「変な宗教だったら知らんからな。助けんからな」と脅されながら参加したあの日が、とても懐かしく思い出されます。
 不安のなか、胃が痛くなるような緊張感を抱きながらセミナー会場に座っていました。そこに、カール・サイモントン先生はゆっくりと微笑みながらセミナー会場に入ってこられたのです。「私がカール・サイモントンです」と、やさしく語りかけられた瞬間に心から安心しました。
 ケンタッキーフライドチキンのカーネルサンダースに似た、思いやりとやさしさそのものの先生でした。そして、遊び心も満載で茶目っ気もあり、初対面で大ファンになってしまい、サイモントン療法と出会えたことで私の人生そのものが変わりました。「何があっても知らないからな」と脅した主人もサイモントン療法を学び始め、今はサイモントン療法協会認定カウンセラーになっています。

カール・サイモントン先生の出発点

 カール・サイモントン先生は1960年代に米国のオレゴン医科大学を卒業後、放射線科の研修医として医師の道を歩み始めました。しかし、教科書通りに治療をしても教科書通りに治らない患者さんがいるという現実の壁にぶつかりました。
 同じがんのステージの患者さんに放射線治療を施しても、治る患者さんもいれば、同じ治療で全く効果がない患者さんもいました。このような、よくなる患者さんと一方では悪くなる患者さんの違いに「何があるのだろう?」という強い疑問が生まれました。
 そして、患者さんを治療するなかでその違いの1つを発見したのです。治療がうまくいく患者さんはそうではない患者さんと比較して、ポジティブで前向きに治療に臨んでいることに気がついたのです。

生きる意志

 ある肺がんの患者さんは「生きたい」と口にしつつたばこをやめなかったり、肝臓がんの患者さんで原因が飲酒にあるとわかっているのにアルコールをやめなかったりなど、あたかも「生きることを望んでいない」かのような行動をしていることに気が付きました。
 一方で、末期がんにより次の予約日まで生きることは難しいだろうと予想されていた患者さんでも、何年か経った定期検査まで健康を維持できていたこともありました。
 サイモントン先生は、これらの患者さんに健康を維持している理由を質問しました。すると、「孫の顔を見るまでは死ねませんよ」「会社が私を必要としているから」「娘の結婚式には出てあげたい」……などの返答があり、そこに1つの共通点を見つけたのです。
 それが「患者さん自身が自分の病気の過程に、何らかの影響を与えている」ということだったのです。がんにも関わらず健康を維持している患者さんの共通点は、強い「生きる意志」を持っていることに気が付いたのです。そして、「生きる意志」が病気の過程だけでなく生死に影響を与えていることに、大きな驚きがあったのです。
 強力な「生きる意志」をどのがん患者さんにも持ってもらいたいと、サイモントン先生は考えました。次にどうしたら生きる強い意志を持ってもらえるのか?「生きる意志」を持ってもらう方法が課題になりました。
 そこで、心理学の分野でビジネスにおける成功原理をヒントとした治療を、がん患者さんに取り入れることを始めてみたのです。ビジネスにおける行動原理を用いることで、がん患者さんの信念を積極的に変えていくのです。
 さらに、1969年からはいろいろな考え方を取り入れ、瞑想法、グループ療法、積極的思考法、リラクゼーション法、イメージ療法(ビジュアライゼーション)などといった応用心理学の原理をがん患者さんに活用する可能性の探求が始まったのです。

最初の臨床実験

 1971年にオレゴン医科大学でサイモントン先生が担当した61歳の患者さんが、サイモントン療法の最初の患者さんでした。末期の咽頭がんの患者さんですが、息をすることすらやっとという状態で体力もなく、唾がやっと飲み込めるくらいでした。体重も59㎏から45㎏へと急激に減少していたので、病院のカンファレンスでは放射線治療をしても5年生存率は5%以下で、治療をすればするほど余命を縮めるであろうと予想されました。従来の治療法では、この患者さんに治療効果を期待できなかったのです。
 そこでサイモントン先生はそれを逆手に取り、何もできないのであったら従来の方法以外を使ってみることが正当化されると考えたのです。幸いなことに、患者さん自身も東洋思想の心と体の相関関係に興味をお持ちでした。
 患者さん自身が、病気の過程に影響を与えることができることを理解してもらい、リラクゼーションとイメージ療法を中心に治療計画が立てられました。患者さん自身も治療に積極的で、1日3回の瞑想とがんが放射線でダメージを受け死滅することを具体的に想像し、健康を取り戻していく状況を明確にイメージしていったのです。
 この治療により、同時に受けた高線量による放射線療法の効果もてきめんでした。さらに驚くべき点は、放射線療法における通常の患者さんに起きる口内炎やのどの粘膜に起きる炎症、潰瘍などの副作用が一切出なかったことです。
 心理的アプローチと同時に放射線療法を行っていたある日、患者さんが「チキン・レバーソテー」と叫びながらサイモントン先生の診察室に入ってきました。唾さえ飲み込むのがやっとだった患者さんが、チキン・レバーソテーを食べることが可能になったのでした。それはまさに奇跡と言え、しかも驚異的なスピードで癒えていったのです。
 治療開始して2カ月後の診察ではがん細胞が消滅するまで回復したので、サイモントン先生が治療の中止を告げた際に患者さんは、「先生、最初は回復するために先生が必要でしたが、もう大丈夫です。先生のお世話にならなくても大丈夫です。自分でやれますから。たとえ、今日先生が亡くなっても私は大丈夫です」とまで言ったそうです。
 それを聞いてサイモントン先生は確信したのです。「がん患者さんは自分で自分の病気の過程に影響を与え、がんをコントロールできる」と。
 この患者さんの成果に勇気づけられ、カール・サイモントン先生はこのがんの新しい療法を臨床で始めることになり、「健康への道」への第一歩が始まりました。それはカール・サイモントン先生にとって、とてもチャレンジングで困難な道のりのスタートにもなってしまうのです。

 

土橋美子(つちはし・はるこ)
鹿児島市生まれ。1993年日本医科大学卒業。虎の門病院麻酔科で初期研修、鹿児島大学医学部第3内科で後期研修を修了。北里研究所東洋医学総合研究所の特別研修医として漢方・鍼灸医学の研修生となる。北里研究所病院・都立大塚病院・阿久根市民病院などに勤務。中村クリニック副院長を経て2009年1月、医療法人慈恵会土橋病院院長となり、現在に至る。日本内科学会認定総合内科専門医、サイモントン療法認定スーパーバイザー。