連載 がんと心の関係〜メンタルケアで違いをつくる〜

第2回 「心のあり方」を整えるサイモントン療法

 
土橋美子
医療法人 慈恵会土橋病院 院長

がんと心の関係

 前回は「いま、ここ」に生きていることを再度認識していただきました。
 「いま、ここ」では、がんでも生きているということです。それは今現在、無力感や絶望感に打ちのめされていたとしても「いま、ここ」に生きています。ネガティブな感情を持つことができているのも「いま、ここ」に生きているからこそです。それには意味があります。
 グラフは、心の持ち方の違いによるがんの生存率についての研究結果になります。
 1985年に『ランセット』誌に紹介された「がんと心の関係」について12年以上にわたって追跡調査してきた結果になります。
⑴闘争心で対応した人
⑵病気を否定した人
⑶冷静に受容した人
⑷絶望感を持った人
 がん患者さんを4つに分類して追跡調査した結果になります。
 心の持ち方によって生存率に大きな違いが見て取れます。
 生存年数5年までは闘争心で対応した人、病気を否定した人、冷静に受容した人に大きな差は認められません。
 ところが、絶望感を持った人に着目してみてください。経過の悪さが歴然としています。
 ここに心のあり方が病気の進行に影響を与えていることが証明されています。
 心のあり方によって病気の進行に違いがあるのだとしたら、心にどのように対処していったらよいのでしょうか?
 どうすればいいのでしょうか?
 どのように対応すればいいのでしょうか?
 がん患者さんのサロン、患者会で気持ちを整理していくことや抑うつ状態が続くときは精神神経科や精神腫瘍科にかかることも可能です。
 そして、「心の整え方」を自分自身で知っていくことがとても大事になってきます。
 がんのセルフコントロール「心の整え方」の1つがサイモントン療法になります。

サイモントン療法とは

 サイモントン療法とは、カール・サイモントン博士が考案したがん患者さんとサポーター(家族など)のための心理療法になります。
 サイモントン博士はアメリカ合衆国の北米西海岸に位置するオレゴン州のオレゴン医科大学を卒業されています。1960年代後半に医学部卒業後、放射線科医として研修を開始されています。カリフォルニア州トラビス空軍基地医療センター主任放射線科医などを歴任後サイモントン・キャンサー・カウンセリングセンター(カリフォルニア州)を設立されています。
 1970年代からがんと心の関係について研究を始められています。1978年には世界的ベストセラーとなった「Getting well again」(邦題名「がんのセルフコントロール〜サイモントン療法の理論と実際〜」)が刊行されました。
 その頃の医学会では、心のあり方が病状の進行や生存期間に影響を与えるものだとは考えられていませんでした。精神腫瘍学、心理社会腫瘍学、精神神経免疫学といった分野の先駆者的な存在です。サイモントン博士の研究結果はとても衝撃的で医師をはじめ医療関係者には賛否両論、様々な影響を与えたのです。

がんと心の相関関係についての研究

 どんな研究だったのでしょうか。
 病気は単に身体的な問題ではなく、人間全体の問題、特に感情的、精神的状態が病気に重要な役割をしているという前提に基づき、リラクゼーションやイメージ療法などを用いました。それらによる治療で精神状態や感情の変化が病気の過程にどのような影響を与えるのかを調べたのです。この心理面の治療が実際に身体面での治療に効果を示しているかについての研究を始めたのです。
 1974年にサイモントン博士による心理的治療を受けた患者さんと通常に治療のみ(普通の身体的治療のみ)を受けた患者さんの群に分けての研究です。
 そして、患者さんは医学的に不治(がん末期)と診断されていました。この不治の患者さんの生存可能期間は平均12カ月とされていました。不治と考えられていた159名の患者さんを対象に4年間に心理的サポートを受けた患者さんと身体的治療のみの患者さんとの生存期間やQOL(生活の質)における違いについての研究でした。心理的サポートを併用した患者さんの平均寿命はがんが判明してから24・4カ月でした。これに対し身体的治療のみの対照群の患者さんの平均寿命は心理サポートを受けた患者さんの半分以下だったのです。心理サポートを受けた患者さんで、亡くなった患者さんの平均寿命は20・3カ月でした。これは対照群の身体的治療のみの患者さんの約1・5倍以上も生き長らえることができていたことが明らかになったのです。
 1978年1月の段階で「末期がん」と診断されてから生存している患者さんが63名いました。
 その患者さんを分類すると以下になります。
 がんが消滅した者:14名(22・1%)
 がんが退縮した者:12名(19・1%)
 がんが安定している者:17名(27・1%)
 新しくがんが発生した者:20名(31・8%)
 これらの患者さんは末期がんと診断されていたことを考えると、このデータは驚異的です。今のようにがん治療の選択肢がなかった約40年前のデータになるのでなおさらです。
 がんと診断を受けてからの生存期間は病気の一面にすぎません。どのくらい長く生きたかと同じようにいかに生きたかが問題になります。まさに人生の質の問題になります。がん末期と診断される以前の日常生活の活動レベルと治療を受けている生活活動レベルの内容を比較しています。サイモントン博士がサポートした患者さんは51%の患者さんががんと診断された以前のレベルの生活を維持し、76%の患者さんは発病以前の生活活動の7〜8割方を維持しているという状態でした。がん末期と診断された患者さんがこれほどの生活能力を維持できているのがまったく例外的なことだったのです。
 サイモントン博士はこの心理的治療の成果から判断して、患者さん自身が積極的、能動的に病気つまりがんに関与することによってがんの病気の経過や治療の効果、そして人生の質にも影響ができると結論付けたのです。
 サイモントン療法の劇的な研究結果に追随して、がんと心の関係についての研究論文が発表されています。UCLAのフォージー博士のメラノーマの患者の研究やスタンフォード大学のスピーゲル博士による乳がん患者の研究があります。
 いずれの研究もカウンセリングなどの何らかの心理的サポートを受けてストレスに効果的に対処できた患者さんはがんの進行が抑えられる、あるいはがんが退縮するといった効果を認めています。そして平均的に余命期間が2倍以上になり、長期生存率を4倍以上に増やすという劇的な結果が認められています。

可能性の探求

 がんと心の関係を見ていくと、希望を持ちポジティブであれば必ず病気の回復が得られるという保証があるわけではありません。しかし希望を持たない患者さんはただ絶望感や無力感に浸り続けるしかないのです。
 一方で「病気は治りうる」という希望を育むことができるようになるとどうなっていくでしょう。「がんで死ぬかもしれない」という死の可能性も受け入れつつ、同時に患者さん自身が取り組む手術、化学療法、放射線療法などの治療や食事、運動療法といったものが病状に影響を与えることができるということ、身体、精神、感情といった人間のシステムを総動員して健康をつくり出していくことも可能であるということです。
 

参考図書  
カール・サイモントン『がんのセルフコントロール』創元社  
川畑 伸子『がんのイメージ・コントロール法』同文館出版

 

土橋美子(つちはし・はるこ)
鹿児島市生まれ。1993年日本医科大学卒業。虎の門病院麻酔科で初期研修、鹿児島大学医学部第3内科で後期研修を修了。北里研究所東洋医学総合研究所の特別研修医として漢方・鍼灸医学の研修生となる。北里研究所病院・都立大塚病院・阿久根市民病院などに勤務。中村クリニック副院長を経て2009年1月、医療法人慈恵会土橋病院院長となり、現在に至る。日本内科学会認定総合内科専門医、サイモントン療法認定スーパーバイザー。