連載 がんと心の関係〜メンタルケアで違いをつくる〜

第1回
 「今、生きている」ー希望を育みながら、一歩一歩前進

 
土橋美子
医療法人 慈恵会土橋病院 院長

自己紹介

 みなさん、はじめまして。鹿児島で、総合内科専門医として日々診療に従事しております土橋美子です。ハワイの海と空、スピッツ(白い犬)のサラちゃんをこよなく愛しています。
 そして、がん患者さんのための心理療法であるサイモントン療法のスーパーバイザーですが、サイモントン療法の学びを続けながらNLP(Neuro Linguistic Programing)「神経言語プログラミング」とよばれている心理学も同時に学んできました。
 診察ではサーモトロンRF-8による温熱療法も外来診療の一環として行っていますが、温熱療法だけではなくがんの治療で来院される患者さんの心と体の健康と、ご家族の心理的なサポートにも心がけています。
 私は1993年に日本医科大学を卒業した後に、虎の門病院で初期研修を終えてから鹿児島大学病院の第3内科にて内科医として研修をしてきました。
 もともと人の心にとても興味があり、「心ってどこにあるんだろう?」物心ついたころには不思議に思っていましたが、医学部に入っても「心」についての答えは見つかりませんでした。
 しかし、東洋医学には「心身一如」という哲学があることを知っていましたので、医学部で学んできた西洋医学にはない切り口を求めて北里研究所東洋医学総合研究所で、特別研修医として漢方・鍼灸治療について学ぶことにしました。
 そこで、東洋医学の研修をしてきましたので、「心身一如」という概念や、心と身体は密接に関係していると知識の上では知っていました。
 ところが、医師として実際に心にどのように取り組み、どのように心を扱っていいのかわからなかったのです。
 患者さんを元気づける声かけ1つ自信をもってできない状態でした。

サイモントン療法」との出会い

 そんなときに出会ったのがサイモントン療法でした。
 サイモントン療法について知ったのは2007年に遡ります。そのころ統合医療を実践されているクリニックに、勉強のために毎週通っていました。がん患者さんや難病に苦しんでおられる患者さんが日本各地から診察に来られている外来で、院長先生に陪席させていただいていました。
 その院長先生から、「がんに心からアプローチするサイモントン療法という心理療法があるよ。心のケアに興味があれば勉強してみたら」と、紹介していただいたのがきっかけです。 
 すぐに2007年春の伊豆6日間セミナーに参加しました。はじめは医師として、患者さんに心理療法としてのサイモントン療法を提供したいと思って参加したのですが、サイモントン療法での取り組みは、自分自身にとっても必要なことであると考え、今でも学び続けています。
 プログラムに参加した際の私の感想が残っていました。
 
《2007年に初めてセミナーに参加して以来、6日間のセミナーにはずっと参加しています。行われるセミナーのプログラムは変わっていません。が、私自身の中で毎回違った気付きや学びがもたらされます。当初は仕事に役立てようと思い参加したのですが、今となっては自分にとって必要な学びと、自分自身の変化と成長のために参加しています。
 今回のセミナーでは、自分自身への信頼感がぐっと増してきていることを感じています。ある種の自己愛といえるかもしれません。苦しみも痛みも自分の頭からやってきます。自分の頭のつくり上げた幻想だとわかると人のせいにすることがなくなります。自分の内面が苦しみや痛み、悲しみをつくり出しているのですから。あるがままの自分を受け入れることができ、自分自身に愛と慈しみを感じられるようになってきています。自分への愛は人を受け入れるゆとりをつくり、そして何より自分の内面の安定感が増してきている感覚があります。
 セミナーを再受講してきて思うことは、この学びと気付きの過程こそが大事だということです。サイモントン先生、スタッフの皆様、いつも本当にありがとうございます。心より感謝しています。どうぞ、これからもよろしくお願いいたします。》
 
 その取り組みは、今でも新しい気づきと変化をもたらしてくれていて、それこそが生きることだと思っています。
 心からこのサイモントン療法と出会えたことに、心の探求を続けることができているご縁に感謝しています。

がんは慢性疾患

 私の外来診療では、がんの温熱療法による治療を行っているので多くのがん治療を行っている患者さんとそのご家族にお会いしますが、度重なる再発や転移に向かい合っている方も多くいらっしゃいます。
 がんと診断されると、「がんで苦しみながら死ぬに違いない」「がんになったのは自分が悪いことをしてきたからだ」「がんのせいで自分の人生はもう終わった」「もう何をやっても無駄だ」などと、投げやりになったり、絶望感や自責の念、不安感、恐れや怒りなどのネガティブな感情に乗っ取られてしまいますが、それは心の動きとして自然なことのようです。
 以下は、『東京新聞』からのがん全体の生存率に関する記事からの抜粋になります。
 《国立がん研究センターは4月9日、全がん協加盟がん専門診療施設の診断治療症例における部位別5年生存率、10年生存率を集計して公開した。今般、生存率は化学療法、放射線治療や早期発見技術の進歩が貢献し、徐々に改善している。
全部位全臨床病期の5年相対生存率は67・9%だった。部位別では、90%以上:前立腺(100%)、乳(93・9%)、甲状腺(92・8%)、70%以上90%未満:子宮体(85・7%)、大腸(76・6%)、子宮頸(76・2%)、胃(74・9%)、50%以上70%未満:卵巣(64・4%)、30%以上50%未満:肺(43・6%)、食道(45・9%)、肝(36・4%)、30%未満:胆のう胆道(28・0%)、膵(9・2%)などとなっていた。
 他方、全部位全臨床病期の10年相対生存率は56・3%だった。部位別では、90%以上:前立腺(95・7%)、70%以上90%未満:甲状腺(84・3%)、子宮体(80・0%)、乳(83・9%)、50%以上70%未満:大腸(66・3%)、胃(64・2%)、腎(63・3%)、子宮頸(69・0%)、30%以上50%未満:卵巣(45・0%)、肺(31・0%)、食道(30・3%)、30%未満:胆のう胆道(16・2%)、肝(14・6%)、膵(5・4%)などとなっていた。
 生存率の向上により、治療と仕事の両立など、がんとの共生が今後の重要な政策課題となってきた。》   
 新聞記事中にあるなどの統計学にも表れているように、「がんとともに生きる」ことがこれからの課題になってきています。
 早期がんにかぎると5年生存率は90%以上にもなってきているのです。「すぐに治る病気」と「長くつきあっていく病気」の分類で考えていくと、糖尿病や高血圧病のようにがんも同じく「長く付き合っていく病気」に分類されます。
 どうやらがんは、今までのように「がん=死ぬ病気」という捉え方から「がんでもすぐに死ぬとはかぎらない」「いかに共生していくか」に視点が変化してきています。
 がん治療にたずさわる内科医として、臨床の場で、がんの治療に取り組んでいる皆さんに、まず最初にお伝えしていることがあります。それは、「今、生きている」ということです。がんがあっても、がんと共に生きているということです。がんとの共存は可能だということです。がんを今すぐ消そうと焦ったり、頑張り過ぎたりしなくても大丈夫です。
 ついつい過去への後悔や、未来への不安や恐れにエネルギーを削がれてしまいがちです。そういうときこそ、「今、生きている」ことに目を向けてください。
 今日行った取り組みの変化が明日に繋がっていきます。それは食事療法かもしれませんし、運動かもしれません。ゆっくり休むことかもしれませんし、取り組みの1つを減らすことかもしれません。笑うことかも、心の持ちようかもしれません。
 ちょっとした変化が、この瞬間に変化をうながし、この瞬間の変化がより良い明日をつくっていきます。ぜひぜひ、みなさんに、「今、生きている」この事実をしっかり受け止めていただきたいと思います。
 「今、生きている」からこそ、今、この瞬間に変化が起こせるのです。
 サイモントン療法で大事な概念として、「希望」があります。「希望とは可能性の隔たりに関わらず、得たい結果が得られると信じること。状況がどうであれ、より良くなれると信じること」です。
 希望を育みながら、共に、一歩一歩、前進していきましょう。

 

土橋美子(つちはし・はるこ)
鹿児島市生まれ。1993年日本医科大学卒業。虎の門病院麻酔科で初期研修、鹿児島大学医学部第3内科で後期研修を修了。北里研究所東洋医学総合研究所の特別研修医として漢方・鍼灸医学の研修生となる。北里研究所病院・都立大塚病院・阿久根市民病院などに勤務。中村クリニック副院長を経て2009年1月、医療法人慈恵会土橋病院院長となり、現在に至る。日本内科学会認定総合内科専門医、サイモントン療法認定スーパーバイザー。