連載 リオルダンクリニック通信⑧

ケトン体ダイエットしていますか?

 
増田陽子 リオルダンクリニック フェロー 医師

体を整える食事

 2019年11月号(VOL.137のリオルダンクリニック 通信では、がんの死亡率をぐっと減らす食事として、①基本はホールフード(加工食品ではなくスーパーで〝食材〟として売っている食品)で、②お野菜はたっぷり、③砂糖は避け、④できれば食品の質に気をつけることなどをご説明しました。あれからいかがですか? 毎日のお食事、注意されていますか?
 このような食事はがんの発生率や死亡率を大幅に減少させますが、そのメカニズムは体の炎症を減らし、腸内環境を整え、ホルモンのバランスを改善させることでした。つまり、がんの患者さんだけに限らず糖尿病や高血圧、認知症やうつ、リウマチなどの自己免疫疾患、腎や腸疾患、原因不明の蕁麻疹などのさまざまな慢性疾患に効果があります。またこのような食事には、体調が良くなって快眠できるようになったり、気持ちが安定したり、体重が減ってスリムな体型になったりする嬉しいおまけもあるので、特に病気はないけど最近なんだか不調という方や、そもそも不調になりたくない方にもオススメな、すべての人に実践してほしい食事です。

がんを殺す、積極的な食事

 前述のような食事が、ステップ1の「体を整える食事」とすると、ステップ2は、「積極的にがんを殺しに行く食事」=ケトン食です。もちろんステップ1の4原則をベースに、プラスαで行います。ご存知の方も多いと思いますが、ケトン食とはケトン体ダイエットとも呼ばれており、普段の食事からお米やパンなどの炭水化物を減らすことで、体のエネルギー源を炭水化物(糖質)からケトン体(脂質)へシフトさせる食事のことです。
 PETCTと呼ばれるがんの検査を受けたことがある方は、がんや転移したリンパ節などが、体の正常な部分よりも糖分を積極的に取り込むため、その部分が黒く光っている画像を見たことがあるかもしれません。PETの原理は、このようにがん細胞が正常に比べて(インスリン受容体とグルコース輸送体を増やすことで解糖速度を速め)10〜15倍、糖分を必要としていることを利用しています。つまりPETで光るがんがある場合(ほとんどのがんはPETで光ります)、糖分を減らしてがんを飢えさせるケトン食は有効です。

DNAを標的にした治療

 ケトン食ががんを餓死させる理由を理解するのに、一般的な標準治療である抗がん剤や放射線治療との違いを考えるとわかりやすいと思います。よくある抗がん剤などは、簡単に言うと、「このがんにはこのDNA変異があるから、この薬でブロックする」といった具合で、がんのDNA変異を標的にしています。DNAをブロック!と言うとなんだか難しい最先端技術を使っていてとても効きそうなイメージです。
 しかし実際には、たとえば一言で「肝臓がん」と言っても、がん細胞のDNA変異は人によって大きく異なるだけでなく(腫瘍間不均一性)、その人の肝臓がんの塊の中にも、がん細胞1つ1つに個性があり同じではありません(腫瘍内不均一性)。さらに体の他の部分に転移すると転移間不均一性と言って、原発の肝臓がん細胞と転移した細胞との間でDNA変異に違いがあり、それらすべてのDNA変異をブロックするのは現実的に不可能です。
 このような細胞の不均一性を無視しているために、DNAを標的とした現在の治療は、特に進行性転移がんや脳のがんの場合ほとんど効果がありませんし、公平で明らかな統計を使った論文では、がんによる死亡率は1950年代と比べてごくわずかに改善しただけという結果が出ています。2003年に完了したヒトゲノムプロジェクトでも、研究者はがんに共通する明らかな変異を見つけることはできませんでした。
 仮に治療によって一時的にがんが小さくなったとして、がんは時間的にも均一でなく、いたちごっこのように次から次へ変化するので、たとえば乳がんのHER2変異に対する抗がん剤であるハーセプチンは、治療患者さんの半数でがんを縮小させますが、生存期間を延ばしたい人には意味がありません。トラスツズマブを追加しても、全生存期間の絶対差では4年で2・9%、6年で5・5%、8年で7・8%、10年で8・8%増加というとても残念な結果です。

ミトコンドリア(代謝)を標的にした治療

 さて、DNAを標的とした治療がぬるい結果しか出せない理由がわかったところで、さまざまながん細胞に共通する、希望の治療ターゲットとなるのが〝がんの代謝障害〟です。
 ノーベル賞受賞者でもあるドイツの偉大な生化学者オットー・ワールブルクが、「がん細胞はエネルギー源を正常細胞とは違ってミトコンドリアの酸化的リン酸化メインではなく、糖分を発酵させる解糖系に大きく頼っている」ということをがんに共通する特徴として1924年に発見しています(割合としては解糖系60%、酸化的リン酸化40%くらいと言われています)。
 がん細胞の成り立ちが、私たちの正常細胞が長期間低酸素状態に置かれるなどミトコンドリアに障害を受けることと考えると、ミトコンドリア障害つまり代謝障害が、がんの共通項目だというのは納得できます。
 DNAの構造を発見したジェームズ・ワトソンは、ニューヨークタイムズの「がんと闘う、敵を知る」という論説で、がん治療の対象をがんの遺伝学から代謝に焦点を移すべきだと提案しました。さらに「がん細胞は、代謝的に脆弱な細胞であり、『スーパーマン』ではなく『病人』として扱われるべき」と言っています。がんの特徴を捉えるとともに、代謝治療の希望もよく表しているとても良い言葉だと思います。ちなみに、彼が「二重らせん構造のアイディアを他の科学者から盗んだ」というのは有名ですが、このがんの代謝治療のアイディアも不当に入手した情報をもとに提案したとされていることは余談です。

ケトン食の実践

 具体的なケトン食の方法や注意点などは次号でご説明するとして、最後にケトン体自体の効果(図1)と、ケトン食の禁忌(図2)を示します。エネルギー代謝を糖からケトン体にシフトするだけでなく、これらさまざまな効果がケトン食の効果を支えています。ケトン体サプリメントも、ケトン体レベルをがん治療域(3mmol/L以上)に上げるのに有効ですし、図1のような効果によってパフォーマンスを上げるため、アスリートやアメリカ海軍でも使用されています。
 がんがあっても元気な方は1日当たり炭水化物を12〜16g、手術から回復中、または化学療法や放射線療法中の方は20〜25g、甲状腺疾患や他のホルモンのバランス不均衡がある場合も同じく20〜25gで始めてみませんか? ジャンプスタートをしたい場合は、3日程度のファスティングから始めるのも効果的です。がん治療の「基本のき」としてケトン食をお勧めします。

図1


図2