連載 標準治療の限界を超える~治すことをあきらめないがん治療⑪

マイクロサテライト検査と免疫チェックポイント阻害剤

 
蓮見賢一郎 米国法人 蓮見国際研究財団 理事長 医療法人社団 ICVS東京クリニック 理事長 医療法人社団珠光会 理事長

 今回はマイクロサテライト検査について考えてみました。
 マイクロサテライト検査(microsatellite instability:MSI検査)は、がん遺伝子検査のなかで、主にマイクロサテライト領域での不安定性を調べる検査です。DNAを構成する塩基配列のなかで、複製するときにエラーが起きやすいマイクロサテライトと呼ばれる1から数塩基の配列を繰り返す領域の存在が知られており、細胞分裂の際に不具合が起きやすいとされています。
 通常は自動修復MMR(mismatch repair)機能が働いて修復が行われますが、その機能が低下するとマイクロサテライト部位のコピー障害が発生し、その異常なDNAが蓄積して、がんの発生母地となる場合があります。このマイクロサテライト領域の不安定性が高い頻度で認められる場合をMSI—High(MSH—H)、低頻度の場合はMSI—Low(MSI—L)、認められない場合はMSI—Stable(MSS)と呼んでいます。検査は特にがんの免疫チェックポイント阻害剤の効果を予測する指標として、個別化医療を支えるものとなっています。

ミスマッチ修復(MMR)機能の低下とは

 私たちの細胞は絶えず新しく生成される過程でDNAの複製エラーが発生します。このエラーを修正するのがMMRシステムの役割です。MMR機能が低下している場合をMMR—deficient(dMMR)、機能が正常に保たれている場合をMMR—proficient(pMMR)と呼びます。この修復システムが機能不全に陥り、DNAエラーが蓄積するとMSI—H/dMMR固形がんの発症を誘発します。
 MSI—H固形がんはさまざまながんの種類で発症し、臓器による特異性がないとされています*。2018年12月から2019年11月に行われた切除不能・再発固形がんのMSI検査2万6469例の解析結果によると、MSI—Hの発現頻度は全体で3・72%、高い順から子宮内膜がん16・85%、小腸がん8・63%、胃がん6・74%、十二指腸がん5・60%、大腸がん3・78%でした。

免疫チェックポイント阻害剤とMSI—Hとの関係 

 dMMRによるMSI—Hの腫瘍は数多くの遺伝子変異を伴っていると考えられており、腫瘍特異抗原の発現量が多いとされています。そのため、体内の免疫系、特にT細胞の認識を受けやすくなります。免疫チェックポイントであるPD—1はT細胞の膜上にありますが、既にがん細胞の膜上にPD—L1やPD—L2が発現している場合、両者の結合により抗腫瘍効果が減弱して、がんの増殖を許してしまいます。そこでPD—1に対する抗体薬を用いて両者の結合を阻害することで、新たに抗腫瘍効果を発揮できるようになります。
 以上の理論からMSI検査でMSI—H(高い不安定性)と診断された場合、その患者さんは免疫チェックポイント阻害剤による治療効果が期待されます。一方、この異常が認められない場合は他の治療法の選択が必要となります。MSI検査を活用することで、適切な治療法を事前に判断でき、副作用や無駄な治療を最小限に抑えることが可能です。

マイクロサテライト検査の意義と現状の課題

 MSIは結腸直腸がんや子宮内膜がんなどの重要なバイオマーカーとされています。MSI—Hが検出されると、免疫療法の有効性が高まる可能性があります。しかし、現時点では組織サンプルを用いた検査が主流であり、侵襲的で患者さんの負担が大きいことが課題です。

リキッドバイオプシー〜期待される代替技術 

 血液、尿、唾液などを採取して行うリキッドバイオプシーは、遺伝子異常を調べる非侵襲的な方法として注目されています。具体的にはがんの早期診断、治療の中間評価、微小がんの検出、薬剤の耐性化などへの応用が期待されています。血漿中に存在するcell—freeDNA(cfDNA)や循環がん細胞(CTC)などを用いて解析を行います。
 この技術では、cfDNAなど腫瘍由来DNAを解析し、腫瘍動態をリアルタイムで把握することが可能です。しかし、この技術を用いたMSI検出の実用化には以下の課題が残されています。
 
 1.cfDNAの低濃度:早期がんや腫瘍負荷が低い患者さんでは、血中のcfDNA濃度が極めて低く、検出が困難。
 2.背景DNAの影響:血液中の正常DNAが多く、腫瘍特異的変化の検出を妨げるノイズとなる。
 3.標準化の欠如:分析手法の多様性により、施設間での結果の一貫性が確保されていない。

リキッドバイオプシーの革新 〜Guardant360とGOZILA「ゴジラ」研究

 米国のGuardant Health社によるGuardant360は、次世代シークエンシング(NGS)を用いて微量のcfDNA変化を高精度に検出するリキッドバイオプシー検査です。組織サンプルが入手困難な場合の有効な代替手段として臨床現場で活用されています。
 日本国内で実施されているGOZILA研究(Gastrointestinal Oncology Study in Liquid Biopsy)は、消化器がんにおけるリキッドバイオプシーの有用性を検証する多施設共同研究です。この研究では、cfDNAを用いたバイオマーカー特定や治療効果の評価が行われ、個別化医療の推進に貢献しています。

課題克服に向けた展望

 技術的課題を解決するため、以下の取り組みが進められています。
 
 1.検出感度の向上:NGS技術の進化やAI解析の導入により、微量なcfDNAからの正確なMSI検出が可能に。
 2.大規模データベースの構築:GOZILA研究のような共同研究により、信頼性の高い検査モデルの開発が期待される。
 3.コスト削減:技術普及に伴い検査コストが低下し、リソースの限られた地域でも導入が進む見込み。
 
 リキッドバイオプシーは非侵襲的でリアルタイムのがんモニタリングを可能にする有望な技術です。しかし、感度やノイズ、標準化に関する課題を克服する必要があります。

がん治療におけるMSI検査の可能性

 MSI検査の最大の利点は、個別化医療を推進できる点です。患者さんごとに最適な治療法を選択することで、治療効果の最大化が図れます。特にMSI—Hが検出された場合、免疫チェックポイント阻害剤という有望な治療法が提供される可能性があります。これらは進行がんや転移がんの患者さんにとって〝最後の砦〟となることがあります。
 今後、非侵襲的なMSI検出技術の進化により、患者さんの負担をさらに軽減し、再発や治療効果のリアルタイムモニタリングが実現すると思われます。これにより、がん治療はより効果的で効率的なものとなると期待されます。

普及に向けた取り組み

 MSI検査の普及には、技術的課題の克服だけでなく、経済的障壁の解消や認知度向上が不可欠です。現在、検査費用の高さが多くの医療機関での導入の妨げとなっていますが、AI解析技術の進展により低コストで高精度な検査が可能になる見通しがあります。また、医療従事者や患者さん向けの教育プログラムを通じて、この技術の重要性を広めることが求められています。

費用分析 〜MSI検査とリキッドバイオプシー

 日本ではMSI検査が保険適用されており、診療報酬点数は2500点(2万5000円相当)と定められています。患者さんの自己負担額は通常3割で、約7500円となります。一方、リキッドバイオプシーは保険適用外であり、以下の例のように高額です。
 • Guardant360:cfDNA由来の88種類のがん関連遺伝子を解析し、約58万円。
 • ジェノダイブ:国産のリキッドバイオプシー検査で、約40万円。
 • Guardant Reveal: 再発検出や治療効果のモニタリングに特化した検査で、約37万円。
 これらの費用には検査自体の料金に加え、診察料や関連費用が別途発生する場合があります。また、為替レートの変動や医療機関の設定により、費用は変動する可能性があります。

まとめ

マイクロサテライト検査は、がん治療の個別化医療を実現するための有効かつ必要な技術です。その導入により、治療計画の最適化が進み、患者さんの負担を軽減しながら治療効果を最大化できます。技術革新や国際的な標準化の進展により、この検査はがん治療の新しいスタンダードとしての地位を確立することが期待されています。
 
*:日本癌治療学会、がん診療ガイドライン