連載 第137回 帯津良一の「養生塾」

体が欲する食べ物・心地
よい酒は養生となる

 
帯津良一  帯津三敬病院名誉院長 帯津三敬塾クリニック顧問

「体の声」に耳を傾け、そのときの体質に即したものを食べる

 昨今、テレビや新聞、インターネットなどでは、これを食べると胃腸の働きが活発になる、この食材には血圧を下げる効果がある……といった健康に関する情報が溢れています。けれども、「これを食べておけば絶対に体によい」という考えは持たないほうがよいでしょう。というのは、人の言うことに右往左往し、偏った食事を続けてはいけないからです。
 たとえば、肉類よりも大豆製品のほうが体によいタンパク源だと、豆腐や納豆を食べる人が増えました。もちろん、そのことが悪いわけではありません。ただ、度を越すほど食べてしまうと、逆に体によくないと言われています。大豆には「大豆イソフラボン」というポリフェノールの一種が含まれています。その大豆イソフラボンは女性ホルモンであるエストロゲンと似た働きがあることから、健康をサポートする食品の1つとして注目されています。しかし、イソフラボンの過剰摂取はホルモンバランスの乱れにつながります。ホルモンバランスが崩れると、月経異常や肌荒れの原因となるばかりか、自律神経の乱れを引き起こしてしまいかねません。今、自分はどのような食べ物を欲しているのか……。そんな自分の「体の声」に耳を傾けてみてください。
 中国医学では、その人の「生命場の歪み」を表現したものが体質だと捉えられています。つまり、「生命場がどちらの方向に、どれだけの量で歪んでいるのか」が体質だということです。そして、もしその歪みがなければ「中庸」となり、体質が存在しないことになります。
 生命場はその時々で刻々と変化していきます。昨日と今日では体質がまったく同じというわけではないのです。そのように変わり続けていく体質に合った食材の見極めは容易なことではありません。
 そこで、私は「体の要求」に着目しました。「体の要求」は、そのときの、その人の体質を正しい方向に導くためのサインだと考えています。体質として現れた「生命場の歪み」に対し、それを正そうと自然治癒力が働きます。それが「体の要求」として現れてくるのです。そのような「体の声」に素直に耳を傾け、そのときに心の奥から食べたいと思うものを食べることが「生命場の歪み」を是正することになり、ひいてはそれがそのときの体質に即した食べ物だということになります。

「生命場の歪み」を整えることが食養生の基本

 食養生の観点からは、「何を食べるべきか」という問題は、単に消化や吸収などのレベルで語るべきではありません。かといって、どのようなビタミンやミネラルが含まれているのかなどの栄養素に着目しているだけでもいけません。自分の「生命場の歪み」を整えることこそが、食養生の基本であり、究極の目的なのですから……。
 どんなに「体によい」と言われる食べ物でも、そればかり食べ続けていては「生命場の歪み」の要因をつくってしまいます。ですから、体は「今日、これは食べたくない」という拒否のサインを出すはずです。逆に言えば、「今日、これを食べたい」という要求は、体が「生命場の歪み」を正そうとして出しているシグナルです。きちんとその合図を読み取って体が望むものを食すのが良策です。よほど変わった食生活をしていない限り、人はそれぞれの生命場に即した食習慣を持っています。ある程度、自分の体が欲するものを食べることが自然治癒力を高める食事だと言えます。それは健康食品についても同じです。体が要求していない健康食品ばかりを摂取していては、却って生命場を歪め、自然治癒力を低下させてしまいかねません。

生命の躍動こそが養生の要諦

 江戸時代の儒者・博物学者の貝原益軒は、次のように言っています。「好きなものを少し食べよ」「宴会はいけない」と。つまり、「宴会は、好むと好まざるとにかかわらず、いろいろな食べ物がたくさん出てくるので慎むべき」という意味です。
 好きなものを少し食べるには、自分で量が決められる中華料理がお勧めです。それと、私は、居酒屋で、刺身やトンカツなどを肴に一杯やるのが好きです。
 「好きなもの」とは「心をときめかす食べ物」です。私には、そのような食べ物がたくさんあります。私が入学した頃の大学の食堂メニューは、カレーライスとラーメン、メンチカツ定食の3つだけ。どれも実に旨かった。そのときの刷り込みでしょうか、今でもカレーライス・ラーメン・メンチカツ定食は大好物です。
 メンチカツは動物性脂肪を多く含んでいます。今でも街中の食堂に入り、メニューのラインナップにメンチカツ定食を見付けると、どうしても注文してしまいたくなります。そして、メンチカツを頬張りながら、「今日は体に悪いものを食べちゃったな……」と少しは反省し、腹八分を心がけます。それでも、自分の心がときめき、体が歓んでいるのだから、これでよかったのだとも思うのです。
 心のときめきとは、アンリ・ベルクソンの言う「生命の躍動(エラン・ヴィタール)」です。生命の躍動とは内なる生命場の小爆発。内なる生命場のエネルギーを日々、こつこつと高めていくのが養生であれば、生命の躍動こそが養生の要諦であると私は考えています。

心地よい酒は虚空と一体化するためのチューニングに必要

 心をときめかせる食べ物と並んで、飲酒も私の健康法です。「酒は百薬の長、この上ない養生法」と考えている私は、毎日、酒を欠かしません。健康法を訊かれたら、「朝の気功に夜の酒」と答えるほどです。その後、この霊験あらたかな言葉の上に「目には青葉」と入れ、「目には青葉、朝の気功に夜の酒」としました。「そのときの旬のものを肴にして飲む」ということです。
 もちろん、酒の飲み過ぎはいけません。室町時代の能役者・能作者の世阿弥がよいことを言っています。「酒は微酔に飲み、花は半開を見る」と。
 お酒を飲むならばほろ酔いがいい。飲み過ぎさえしなければ、休肝日は必要ありません。
 酒に溺れて体調を崩す人もいれば、酒で人生を狂わす人もいます。酒を愛し、酒を知り、そのなかに養生の道を見付ける。そのためには、品性が不可欠です。作家の山口瞳さんは、次のように記しています。『酒を飲むのは修行であり、酒場は品性を向上させるための道場であり、戦場だと思っていた。だから、僕は真剣に酒を飲んだ。』と。私は、この一文が大好きです。まさに、常にこのような気概で酒と対峙したいものです。
 また、私は、心地よい酒は、虚空(魂が生まれた故郷)と一体となるチューニングに必要だと思っています。気功や太極拳によって息を吸ったり吐いたりしながら私たちは虚空と交流しています。食べ物を通し、大地の気を体内に取り入れるのも虚空との交流です。虚空とのチューニングの方法がわからないまま死後に旅立ってしまうと、虚空に辿り着いたときに調子がぴたりと一致しない状態になるかもしれません。そのような事態を回避するため、私は、毎夜、酒を飲むことで虚空と調子を合わせる練習をしているつもりです。これぞ養生……、ではないでしょうか。

(構成 関 朝之)

 

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