連載 第140回 帯津良一の「養生塾」

地味でも着実な道が
好結果に結び付く

 
帯津良一  帯津三敬病院名誉院長 帯津三敬塾クリニック顧問

適度なストレスは人生を充実させるスパイスである

 周囲にうつ病を抱えている人がいる、という人は少なくないのではないでしょうか。街中にはメンタルクリニックや心療内科を配した医療機関が増えています。また、最近では、新型うつ病(現代型うつ病)も問題になってきています。終身雇用・年功序列が崩壊し、成果主義・実力主義が台頭し、生きにくい時代に突入してきたことからしても、うつ病の増加は当然の帰結なのかもしれません。というのも、過労から睡眠障害に陥り、うつ病になる傾向が多いからです。
 一旦うつ病になると、治ってもその6割が再発すると言われています。そして、再発するとその7割が再々発し、再々発するとその9割がさらにうつ病を発症してしまうと言われています。うつ病とは楽観視できない深刻な状態なのです。
 また、性格が真面目な人ほど自身の体調管理よりも仕事や家庭を優先し、自分の健康をないがしろにしがちです。その意味では、少し不真面目な部分、つまり適度な「いい加減さ」を持った人のほうが気分の切り替えが上手で、ストレスを溜めることなく、うつ状態を回避したり、健康にも留意したりしているように思えます。ストレスを発散させるための気分転換には「ときめきの習慣」を持つことをお勧めします。私の場合、晩酌がそれに当たります。仕事で嫌なことがあっても、晩酌をしている自分を思い描けば、多少の困難は乗り切れるものです。
 「ストレス」という言葉が日常生活で使われるようになったのは、1930年代にハンス・セリエ博士(カナダの生理学者)が医学の領域に導入してからです。今でこそ、ストレスは「生活上のプレッシャーやそれを感じたときの感覚」としての意味を持ちますが、それまでは機械工学の分野で「圧縮したり引き伸ばしたりした物体に生じる歪み」を意味していました。
 「ストレスは万病の元」と思っている人がたくさんいます。しかし、その考えは少し違います。というのは、ストレスがまったくない人生は味気ないと思うのです。実際、何もストレスがなければ交感神経が働かなくなり、副交感神経だけが働いて体調が悪化していきます。適度なストレスは、健康を維持するには不可欠なのです。
 前出のセリエ博士は「ストレスは人生のスパイスであり、体のいかなる反応も必要としないようにストレスをなくしてしまうことは、死を望むのと同じある」と述べています。要は、適度なストレスは、人生を充実させるためのスパイスのようなものだと言っているのです。私の場合で言えば、仕事の後のお酒がこの上なくおいしいのは、ストレスがスパイスとなっているからなのでしょう。

医師としての礎となった〝東大病院第3外科〟

 先述の適度な「いい加減さ」を持った人は、往々にして、流れに逆らうより、流れに乗ってしまうほうが楽だと心得ているように思います。どうしても譲れないこと以外は、相手に合わせておくのも手です。実際、譲れないことが多くあるほど、疲れてしまうものです。強いこだわりを数多、抱えている人は、捨てられるものは手放してみるのも良策です。
 また、人生において、地味でも着実なほうを選択すると好結果につながることが少なくありません。私の場合、どうしても譲れないこと以外は、眩しく映るもの・偉そうに感じるものは、極力、選択しないようにしています。
 私が医者としてのスタートを切るときもそうでした。東京大学の医学部を卒業し、1年間のインターン生活を経て医師国家試験に合格すると、東大病院内での所属先を決めることになりました。そのとき、私は、眩しいもの・偉そうなものを選びませんでした。ただ、早く医療技術を身に付けて〝町の医者〟になりたいと思っていたので、内科か外科に行くことだけは心のなかで決めていました。
 院内の第1外科と第2外科はエリートが集まるところで、私には双方の医師が、真新しい白衣をまとい肩で風を切って歩いているように映りました。その姿が、当時の私には眩しく感じられると同時に、偉そうに思えたのです。そこで、私は、アカデミック(権威的なものが重視される様)な雰囲気のない第3外科にお世話になることにしました。第3外科の医師には、よれよれの白衣を着て、伏し目がちに歩くような人がたくさんいました。しかも、第3外科は本郷の大学キャンパスではなく、目白台にあった分院に所属していました。それもあって、第3外科への入局希望者は少なかったのです。そこで、第3外科の医局長が〝人さらい〟の目的で、インターン教育を受けている医学部卒業生の部屋に時々、顔を出していました。そして、彼らを上野の歓楽街に連れていき、お酒をご馳走するのです。この医局長の人柄が実によくて、私も何度かご馳走になったうえで勧誘されました。
 第3外科に入局したので、私にエリート意識が根付くことはありませんでした。勘違いしたエリート意識を持った医者の多くは、患者さんの心を読んで医療を行いません。あるいは、行えないのです。それでは医者として致命的なだけでなく、人間的にも淋しい限りです。今でも私が現役の医者として、自分が目指す医療を追い求めることができているのは、第3外科に入局したところが大きいと思います。

頑張っている人はいずれ伸びる

 先述のように、終身雇用・年功序列の崩壊、成果主義・実力主義の台頭によって、頑張っているだけでは評価されにくい社会が構築された感があります。何事にも一生懸命に取り組んでいるのに、なかなか成果が表れず憂鬱になっている人もいるはずです。いい結果が出せる・出せないに関わらず、「昔はよかった」と懐古する人も少なくないのではないでしょうか。成果・実力を重視した風潮に拍車がかかり、ぎすぎすしたせせこましい社会では、昔を想起するのも致し方ありません。
 ただ、仕事で好結果に恵まれなくても頑張っている姿は、女性に評価されることが多いようです。また、成果につながらなくても重ね続けている努力に対しての低評価に不満を持つ女性も少なくないようです。
 それに対し、男性は、成果を重視し、いくら頑張ったとしても好結果を出していない人を評価することは少ないようです。さらに言えば、頑張っていなくても成果を出してさえいれば、高評価を与える人が多いくらいです。
 その理由は、随伴性(2つ、あるいはそれ以上の事象の間の相関関係)を考えてくれる人が女性に多いからでしょう。つまり、努力に見合った評価を得ているのかどうかで人を見るところが、男性よりも女性のほうに多くあるのです。ちなみに、私は頑張っている人を評価するほうです。長い目で見れば、一生懸命に努力を重ねている人は伸びるように思います。
 ただ、医療関係者の場合は、患者さんからの評価が、その人の成果と言っても過言ではありません。患者さんから信頼されている医療者は、いい仕事をしているのだと思います。
 会社の場合も、頑張って仕事に取り組んで顧客から好感を持たれている人であれば、すぐに結果に表れなくても評価されていいはずです。長い目で見れば、このような人は、いずれ出世した顧客の評価を受け、大化けする可能性があるのです。
(構成 関 朝之)
 

帯津三敬塾クリニック

東京都豊島区西池袋1-6-1 メトロポリタンホテル地下1階
電話: 03-5985-1080 FAX:03-5985-1082
ホームページ: http://www.obitsu.com
 

ホリスティックな医療を求めて、多くの患者さんが集まる帯津三敬病院(埼玉県川越市)